東京地方裁判所 昭和50年(ワ)3065号 判決
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【判旨】
三次に具体的執行の違法に関する主張について判断する(なお、以下においては便宜上、必要に応じて過失の点についても検討を加えていくこととする)。
1 問題物件の差押えについて
(一) 物件16(本件タイプ)
原告は、本件タイプについて、差し押さえる必要は全くなかつたのに差し押さえた違法があると主張する。
確かに、<証拠>によれば、本件タイプを差し押さえた主たる目的はこれを用いて九ポイント活字(物件18)を打刻し、右活字の字体と赤軍一一号に使用された活字の字体とが同一のものであるかどうかを確認することにあつたこと、しかし、右のような確認を行うためであれば、同機種のタイプ等を用いることによりその目的を達することができたこと、また、本件タイプのような和文タイプライターは取扱いの不注意によつて故障をおこしやすいことが認められる。そうすると、原告の主張にも一理あるとは言える。
しかし、本件タイプの証拠としての価値は、活字の同一性を証明する手段に止まるものではなく、そのようなタイプライターが存在した(そして、それが赤軍一一号の印刷に当つて使用された)ということを証明することにもあると解される上、<証拠>によれば、本件差押当時原告は本件タイプとは別のタイプライターを購入し、これを使用していたこと、それゆえ、高尾らは本件タイプを差し押さえても原告の営業にさほど影響がないものと判断したものであり、また差押えを行つた翌日にはこれを原告に仮還付していること等の事実が認められるのであるから、本件タイプを差し押さえる必要があるかどうかの判断は、高尾ら捜査官の裁量に属する事柄であつたと言いうるし、少なくとも同人らが差押えの必要があると判断したことについて過失があつたと言うのは相当ではない。
(二) 物件6
証人高尾太郎の証言によれば、物件6は、住友銀行大塚支店等と書かれたメモであり、金銭の出入りと思われるような記載があつたこと、そこで同証人らは、本件に関係のある金銭の出入りが記載されているかもしれないと考え、これを本件令状に記載された差し押さえるべき物(別紙(二)、以下同じ)(四)に該当するとして差し押さえたことが認められる。
そうであれば、右メモの具体的な記載内容は明らかではないけれども、一応右の金銭の出入りと思われるような記載と、赤軍一一号の印刷代金の支払関係とを照合する必要があつたということができる。反面右のメモと本件被疑事実との関係を明らかに否定すべき事情や、右のメモを差し押さえられることにより特に原告が不利益を受けるような事情も認められないから、高尾らが右のメモについて差し押さえるべき物(四)に該当するとして関連性と必要性を認めたことが違法であつたと言うことはできないし、そのように判断したことに過失があつたということもできない。
(三) 物件1、3、5、12
証人高尾太郎の証言によれば、これらの物件の内容は、それぞれ別紙(三)の該当番号記載のとおりであることが認められる。そうすると、右の各物件は、原告が赤軍一一号を印刷したことを裏付ける間接事実、すなわち、原告が以前にも赤軍派関係の印刷をしたことがあつたことを証明する証拠として関連性を認め、物件1、3、12は差し押さえるべき物(一)の機関紙誌及びその原稿に、物件5は同(四)に該当するとして、これらを差し押さえたものと解することができる。そして、右物件が差し押さえられることにより原告が特に不利益を受けるべき事情も認められないから、高尾らがこれらの物件を差し押さえたことが違法であつたと言うことはできない。
原告は物件3について、内容を特定することなく、ボール箱一箱の中味を一括して差し押さえたものであるから違法であると主張するけれども、<証拠>によれば、右ボール箱の中味は大量である上、すべて赤軍総集編の原稿であつたことが認められるから、これを一括して取り扱つたことに違法があつたと言うことはできない。
(四) 物件7
証人高尾太郎の証言によれば、物件7は原告の名刺であり、これに「亜細亜印刷」、「コスモス印刷」という二つの名称が記載されていたこと、そのため、同証人は原告が二つの名称の一方を隠れみのにして赤軍派関係の印刷を行つていたのではないかと疑い、これを差し押さえたことが認められる。
右の証言のうち、原告が二つの名称の一つを隠れみのにしていたとする点は余りに穿つた解釈であり(これを裏付けるに足りる的確な証拠はない)、直ちに賛同することはできない。しかし、将来赤軍一一号の印刷場所が問題となつた際、原告が二つの名称を用いていたことにより無用の混乱が生ずることを防ぐため、言い替えれば原告方の印刷所を特定するための証拠として関連性を認めることは可能であり、差し押さえるべき物(三)のメモに該当すると解し得ないではない。しかも、右の名刺を差し押さえることにより、原告が特に不利益を受けるとも考えられないから、結果的には右物件について関連性、必要性を認めたことに違法があつたと言うことはできない。
(五) 物件8
証人高尾太郎の証言によれば、物件8は、上田吾郎差出しの封書であり、その内容は赤軍派の活動家であるゆきのけんさくという人物に関する支援活動の要請等であつたことが認められる。
そうすると、物件8は本件の被疑者である高田と同じ赤軍派に属する者に関する文書であつたと言えるから、本件被疑事実の共犯関係或いは背後関係にかかわる証拠であり、差し押さえるべき物(三)に該当すると言う余地があり、その意味において一応の関連性を認めたことも首肯し得ないわけではない。また、捜査がその当時の暫定的な判断に従つて行われるものであることに鑑みれば、少なくともこれを差し押さえたことに過失があつたと言うのは疑問である。
(六) 物件4、9
<証拠>によれば、これらの物件は、原告が営業のため購入した紙、インク等関係の請求書、見積書等を綴つたものであることが認められる。そうすると、右の各物件は、原告が赤軍一一号を印刷したことを裏付ける間接事実、すなわち赤軍一一号を印刷するために紙、インク等を購入したことを証明する証拠であり、差し押さえるべき物(四)に該当するとして差し押さえられたものと一応解し得ないではない。
しかしながら、右のような間接事実を証明する必要がどれ程あるか自体疑問であるばかりではなく、<証拠>によれば、右の各物件はいずれも単なる紙、インク等の請求書等にすぎず、特にその用途が記載されていたわけでもないことが認められるのであるから、赤軍一一号の印刷に当つて特殊な用紙やインク等が使用された形跡も窺われない以上、右の各物件から前記のような間接事実を証明することは殆ど不可能であつたと言う外はない。そうであれば、右の各物件が本件に関連性を有していたと言うことはできないし(右の外に関連性を認めるべき事情は窺われない)、まして差し押さえる必要があつたとは到底考えられない。そして、高尾らとしても、このことは十分に認識し得たはずである。
従つて、右の各物件を差し押さえたことは違法であり、しかもそのことには過失があつたと言わざるを得ない。
(七) 物件15
証人高尾太郎の証言によれば、物件15は、原告が以前に印刷のため使用した版下四、五枚をセルロイドのケースに入れておいたものであり、その中にいわゆる極左集団(ただし赤軍派そのものではない)の機関紙を印刷した際の版下があつたことからすべての版下について関連性を認め、差し押さえたことが認められる。
しかし、右の差押えは、本来別個に関連性を認定すべきものを一括して差し押さえた点において問題があるばかりではなく(セルロイドのケースに入っていただけだというのであるから、分離することに困難があつたとは思われないし、その数量も四、五枚であり、内容の検討に時間を要したとも考えられない)、同証人の証言によつても、右の版下が赤軍派ないし本件被疑事実といかなる関係にあつたのかが判然としない。
そうすると、関連性を認めた根拠が仮に極左集団の機関紙に関するものがあつたというだけであるならば、それは余りに関連性の概念を拡大した考え方であつて到底賛同することはできないし、他に関連性の存在を窺わせる証拠もないから、物件15の差押えは関連性のない証拠の差押えであつて違法であり、またそのことには過失があつたと言わざるを得ない。
(八) 物件2、10、17
<証拠>を総合すれば、右の各物件はそれぞれ別紙(三)の該当番号記載のとおりのものであり、このうち物件10は原告が三井三池炭坑CO裁判を支援する会の注文により同会の印刷物を印刷した際の納品書等を綴つたものであること、物件17は赤軍派とは関係のない団体が作成した爆発物取締罰則に関する裁判関係資料であつたことが認められる。また、物件2はその性格に照らし、市販のパンフレットの類であつたものであることが明らかである(なお、<証拠>中には、物件10のうち三井三池炭坑CO裁判を支援する会宛のものは、赤軍四、五号を納入した納品書であつたとする部分があるが、<証拠>に照らし採用し難い)。
そして、右の各物件に関連する団体等が赤軍派或いは本件被疑事実と特別のつながりを有していたことを窺わせる証拠はない。
そうすると、右の各物件の差押えは本件被疑事実とは関連性を有しない物件を違法に差し押さえたものであり、しかもそのことには過失があつたと言わなければならない。
(九) 物件19
証人高尾太郎の証言によれば、物件19はハングル文字の活字であり、関連性を認めた根拠は、(1)本件タイプと一体のものと判断したこと、(2)赤軍一一号中に韓国の政治事情に関する記事があつたため、それに関連するものと判断したことの二点にあつたことが認められる。
しかし、同証人自身、赤軍一一号にはハングル文字が使用されていなかつたこと、また、本件捜索差押当時本件タイプとハングル文字は別個に保管されていたことを認めている。
そうであれば、和文タイプライターと活字とが本来別個のものである以上(1)の点から当然に関連性を認めることはできないし、(2)の点は関連性を余りに拡大して解釈するものであつて、到底賛同することはできない。のみならず、<証拠>によれば、本件捜索差押当時、いわゆる連続企業爆破事件に関連して爆弾教本の一つと目されていた「腹々時計」及びこれに使用されていたハングル文字が右事件の捜査上の手がかりとして重要視されていたことが認められ、物件19も別件である右事件の捜査のため差し押さえられた疑いが濃厚である(ただし、本件差押物件の多くは本件被疑事実の捜査のため差し押さえられていること等からすれば、本件捜索差押えが全体として別件捜査であつたと言うことはできない)。
そうすると、物件19の差押えも関連性のない証拠を差し押さえた違法なものであり、かつそのことには過失があつたと言うべきである。
2 本件領置物件に関する違法の主張について
(一) まず、原告は、本件領置物件の領置手続が、実質的には強制捜査としての差押えと同様であつたと主張する。確かに<証拠>を総合すると、本件領置物件は、いずれも高尾らが予め領置すべきものを選択し関係書類を整えた上で、原告に任意提出書に署名捺印を求めたものであることが認められる。
しかし、他方<証拠>によれば、本件領置物件のうち物件20(トーコーオフセット印刷機)については、高尾がその任意提出を求めた際、原告が営業に支障を生ずるため提出できないと申し立てたため直ちに仮還付の手続をとつたことが認められる。そうであれば、高尾らとしては、原告が任意提出に異議を唱えた場合にまで強制的に任意提出を求めるつもりはなかつたものと言えるし、また、原告がその意思に反しても任意提出に応じなければならないと考えるような状況があつたかも疑問であり、結局原告の主張は採用し難いものと言わざるを得ない。
(二) 次に原告は、被疑事実と全く関連性を有しない物件を領置することは違法であると主張する。
しかし、領置手続が、あくまで、当該物件の所有者等による任意な物件の提出行為に基づくものであることを考えれば、原告の言うような限定を施すべきかにはなお疑問があると言わざるを得ないし、少なくとも、高尾らが原告の同意を得られた以上適法に領置し得ると考えたことに過失があつたと言うことはできない。
3 捜索差押えの実施方法が著しく不当であつたとの主張について
まず、原告の母親の居室であつた四畳半間についても捜索差押えを行つたことについてであるが、<証拠>によれば、本件令状は差し押さえるべき場所を原告方居宅としていたのであるから、右四畳半間も差し押さえるべき場所に含まれていたことは明らかである。しかも、原告が印刷を行うために使用していた六畳間と右四畳半間が完全に分離されていたこと等外形的に右両間を別個のものとして考えるべき事情も窺われないから、原告主張のような事情があつたとしても四畳半間の捜索を行つたことが、これを違法としなければならない程不当であつたと言うことはできない。
また、本件捜索差押えが不当に長時間に亘つた等の点についても、本件捜索差押えに要した時間がこの種の捜査に要すべき合理的な時間を著しく超えていたと判断すべき資料もない上、高尾らがことさら原告らが食事をすることを妨害した等の事情も認められないのであるから、この点に関する原告の主張も採用することができない。
四最後に、高尾らが本件タイプを故障させたとの主張について判断する。
右の主張に沿う証拠は原告本人尋問の結果だけであり、その内容は次のようなものである。
「本件タイプは差押えを受けた当時何の故障もなかつた。ところが、仮還付を受けた後使用してみると、作動しなくなつていた。そこで、本件タイプの購入先である日邦事務機株式会社に連絡をとり、昭和四九年一二月二八日ころ、同社の社員に修理をしてもらつた。修理代は一〇〇〇円弱だつたと思う。」
しかし、<証拠>によると、原告の指摘する日ころ、日邦事務機の社員が原告のタイプを修理した事実はなかつたことが認められる。従つて、原告の前記供述は、その重要な部分に疑問があり、そのまま採用することはできない。
よつて、本件タイプが故障した事実は、これを認めるに足りる証拠がないものと言わざるを得ないから、この点に関する原告の主張はその前提を欠き失当である。
五損害について
1 以上によれば、原告の主張する被告の責任原因は、高尾らが過失により、物件2、4、9、10、15、17、19を違法に差し押さえたとする点に限りこれを肯定することができ、その余はすべて失当ということになる。
従つて、原告が主張する損害事由のうち逸失利益の点は、本件タイプ(物件16)を違法に差し押さえ、かつこれを故障させたことを前提とするのであるから、その前提を欠き、失当と言う外はない。
2 慰藉料について検討すると、本件捜索差押えは、全体として違法視し得るようなものではなく、差押物件の一部が違法であつたというに止まるのであるが、違法な差押物件の数が決して少なくはないこと、その中には別件捜査と疑われるものさえあつたことに照らせば、これらの違法な差押えにより原告が蒙つた損害は独立して評価し得るものと言うべきである。そして、右の事情等本件に現われた諸般の事情に鑑み、原告の蒙つた精神的損害に対する慰藉料は五万円が相当であると認める。
3 <証拠>によれば、原告は本件訴訟代理人四名に訴訟の追行を委任し、請求原因7、(三)記載のとおり代理人一名当り五万円ずつ着手金を支払うとともに勝訴の際、同じく五万円ずつ報酬を支払うことを約したことが認められる。
そして、本件事案の内容、慰藉料として認容した類等に照らし、右のうち五万円を相当因果関係にある損害として認めることとする。
(大城光代 春日通良 鶴岡稔彦)